大鏡

平安後期の歴史物語。文徳(もんとく)天皇の850年(嘉祥3)から後一条(ごいちじょう)天皇の1025年(万寿2)まで、14代176年間の歴史を描いたもので、1025年を現在時として叙述しているが、これは藤原道長の栄華の絶頂で擱筆(かくひつ)しようとした作者の作為で、実際は1025年以後40、50年から90年の間の成立とみられる。作者は男性で、諸説あるが不明である。『大鏡』では歴史を叙述するにあたり、雲林院(うりんいん)の菩提講聴聞(ぼだいこうちょうもん)に参詣(さんけい)した大宅世継(おおやけのよつぎ)、夏山繁樹(なつやまのしげき)、若侍(わかざむらい)の3人を登場させ、歴史はこれら3人の座談、問答によって語り進められ、作者は純粋な聞き手として、それを傍らで観察しながら記録する趣向になっている。これは歴史の表裏明暗を多角的にとらえ、公正な歴史叙述の展開を意図したものである。その構成は、まず序があり、次に文徳天皇から後一条天皇までの14代の天皇について記した帝紀(ていき)、藤原冬嗣(ふゆつぐ)から道長までの摂関大臣の列伝(れつでん)、藤原氏の繁栄の跡を系譜的に総括した藤原氏の物語、最後に風流譚(たん)、神仙譚などを収めた昔物語が置かれていて、中国の『史記』などにみられる紀伝体(きでんたい)であるが、これは、人間の動きを凝視し追跡することによって歴史が顕現すると考えた作者が、人間を多角的、立体的に把握できる有効な方法として採用したものである。
このような歴史叙述の方法を用いて、政治世界に生きる男たちの織り成す凄絶(せいぜつ)なドラマを、瑣末(さまつ)的な説明や描写を切り捨てた簡潔な文体によって、生彩ある筆致で描いている。作者の透徹した歴史認識によって選択された事象は、多く説話を用いて語られているが、それらの説話は、作者の豊かな想像力と創意によって形成され、変容されたもので、虚構や事実の錯誤や誇張による歪曲(わいきょく)などもある。しかし、それらは、事実性を拒絶した虚妄の話ではなく、事実を包摂した虚構の世界であり、それによって、善悪、正邪、美醜などのさまざまな矛盾をもったものとして人間を描き、歴史の本質に迫ることができた。『大鏡』は歴史物語のなかでも傑出した作品で、その問答、座談形式は後代の歴史物語に大きな影響を与え、確かな史眼と鋭い批評精神は『愚管抄(ぐかんしょう)』などに継承されていった。
現存本は、写本として建久(けんきゅう)本、千葉本、池田本(いずれも欠けている巻のある零本(れいほん)。天理図書館蔵)、東松了枩(りょうしょう)氏蔵本、京大付属図書館蔵平松本、書陵部蔵桂宮(かつらのみや)本、蓬左(ほうさ)文庫本などがあり、刊本として古活字本、整版本などがある。
[竹鼻 績]

日本大百科全書

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